ホーム 駿河台西町会 駿河台西町会 高台である「駿河台」は元来、本郷・湯島台と地続きで「神田山」と呼ばれていました。徳川家康が駿府で没した後、駿河から帰ってきた旗本(駿河衆)たちが、江戸城に近く富士山が望めるこの地に多く屋敷を構えたことから、この地は駿河台と呼ばれるようになりました。明治に新たに定められたこの地域の町名は、駿河台西紅梅町等5つに分かれていましたが、昭和8年に、駿河台1丁目、2丁目に町名が変更され、現在もこの地名で親しまれています。 ブログ記事